コミュニケーションて何なんだろうって考えてみた

昔から人付き合いは得意じゃないです。

相手に合わせる気も更々無く、どう思われようが気にしていない。

自分から積極的に話しかけるのは苦手だし。

自分から話題を提供することも相談することも苦手である。

そう一般的にはこれがコミュニケーション障害なのだろうね。

ただ自分が知りたい情報を他人に聞きに行くことは躊躇なくできる。

最近はこれだけでできればコミュニケーションとしては十分じゃないかと思ってる。

集団心理としてはみだした物は攻撃対象としてターゲットにされやすいようです。おそらく俺は攻撃対象になりやすい人物なんだろうね。別に攻撃されても『あれ?俺今、攻撃されてんの?』みたいな感じだから、おそらくおれ鈍感なバカです。

以前、会社を辞めることを上司に報告した際は決断する前に相談しろと言われた事がある。

えっ?なんで?

『俺が進みたい道を見つけたから辞めるということになんの相談するの?』

正直なぜそのワンクッションを経由しなければならないのか未だに分かってないです。はい。

飲みニケーションの必要性

飲みニケーションは社会人のコミュニケーション

なわけあるかっ!

そこで何が生まれて自分のために何になるのか理解できねえ。いや、ほんとおれ協調性が無いんですね。せっかくの仕事終わりの時間を愚痴大会に付き合う時間は俺には無い!ここ最近はこの無駄な飲みにケーションとやらは減ったと思う。

コミュニケーションに悩んだ時期

一時期ずっと悩んでいた時期はあったんだよね。

苦手な事もやってるうちにすぐに慣れるかもしれないと思い、色々な人が集まる場所に行ったり、新たな趣味を作ったり、シェアハウスに住んだりしてみた。

だけど気づいたことは自分を曲げてまで他人に合わせることに疲れるってこと。

疲れたら、また元通りの自分に戻るんだよね。

だから、いまはそんな悩んでる暇があったら、自分のスキル(得意なこと)を伸ばしたほうが100倍良いと思ってる。

駄目な部分を補うのではなく、長所を伸ばすことで魅力としては上がるだろうね。

お調子者よりひたすら何かに打ち込んでいる人の一言の方がずっと重いと思わない?

だから俺はそんな人間になりたい。

辛い時はあるけど、絶対に一人じゃないし、自分のことを思ってくれている人は必ずいるわけであって、何が言いたいかというと俺はそんな人間が好きだってこと!

苦しくても我慢して前を向いてひたすらに頑張っている人みたら俺も刺激を貰えるし、すごい素敵な人だと思っちゃう。全力でそんな人応援する。

口だけ人間は嫌いです。行動にうつして努力している人は大好きです。

結論

おれも魅力的な人になれるように努力しなきゃ

スポンサーリンク
アーカイブ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
アーカイブ